介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

意思の伝達が難しい要介護者の誤嚥事故


神戸地裁 平成30年2月19日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの成年後見

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 
介護施設XはAさんに損害賠償として1960万3844円(内1200万円が慰謝料)を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・80歳 

要介護4

大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断されていた。

・認知機能の低下が見られ、失語症状もあった。

・見守りがあれば自立歩行が可能。

・食事は全面介助

・「主治医意見書」に、「誤嚥に注意」と記載されていた。

 

事故の経緯

・介護を受けながらの食事中に誤嚥

・職員が目を離した間に容体が急変し、救急搬送された。

 

事故後の原告の状態

・寝たきりの状態になった。

 

判決の内容

事故の状況は……

◆Aさんの体の状態

 Aさんは平成26年1月から介護施設Xのショートステイを利用し、平成26年10月に入所した。平成25年夏に大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断されており、医師からは、CBDは進行が速く、誤嚥性肺炎を起こしやすいと指摘されていた。

 平成26年8月、要介護4に認定した際の「主治医意見書」には「大脳皮質基底核変性症」の診断名に加え、下記①~⑤が記載された。

認知症以外の精神・神経症状:右上下肢運動機能低下
②食事行為:全面介助
③栄養・食生活上の留意点:誤嚥に注意
接触についての医学的観点からの留意事項:特になし
⑤嚥下についての医学的観点からの留意事項:誤嚥に注意

 介護認定審査会資料の嚥下の項には特記がなく、食事摂取の項には「全介助」と記載された。

 介護施設Xの「「課題分析」の食事摂取の項には、嚥下状態について「見守りが必要」の選択がされ、備考欄に「手の拘縮が強く、いつも握りしめておられる。スプーン、介助皿を使用するが解除が必要」と記載されている。

 平成26年10月14日付の医師による「診療情報提供書」には「現在は、誤嚥などはまだ明らかではありませんが、ご家族にはCBDは進行が速いこと、誤嚥性肺炎を起こしやすいことを説明しております」と記載されている。

 また、Aさんには発語が少ないなどの言語症状も見られ、複雑な意思の伝達は困難だった。

 

◆事故発生までの経緯

 午後6時頃、Aさんに夕食が提供された。献立は、米飯、魚の田楽風、にんじんとブロッコリーのマヨネーズ和え、豚レバーのケチャップ炒め、すまし汁(そうめん)。

 Aさんのテーブルには他に3名の利用者がおり、その中には要介助者と自分で食事をとれる人がいた。要介助者については職員が介助を行ったが、Aさんはひとりで食事を始めた。

 

◆事故発生からの経緯

 午後6時30分頃、Aさんのテーブルでは、Aさん以外は食事を終えていた。他のテーブルで食事介助を行っていた職員①が、Aさんが1割程度しか食べていないことに気づき、午後6時40分頃、Aさんの食事介助を始めた。

 Aさんが4割程度食べたところで、しゃっくりが出はじめた。職員①に勧められ、Aさんはすまし汁を飲んだ。職員①が食事を続けるかどうか尋ねたところ、Aさんが「食べる」と答えたため、しゃっくりはおさまっていなかったが、食事を続けた。

 Aさんがさらに2割程度食べたところで、しゃっくりが強くなった。職員①はAさんに尋ねたうえで食事を中止し、席を離れた。その際、Aさんの口の中に食べものが残っているかどうか確認しなかった。

 Aさんが最終的に、主食を7割、副食を5割程度食べていた。Aさんが食事をする間、同じテーブルの3名の利用者は席に座ったままだった。

 隣のテーブルで食事介助を行っていた職員②は、Aさんのしゃっくりを聞き、職員①がAさんの背中をたたくなどしていたことには気づいていた。しかし、職員①がテーブルを離れたことには気づかなかった。

 午後7時頃、職員②がAさんの食事が残っていることに気づき、食事を続けるかどうか尋ねた。このときしゃっくりは収まっており、Aさんは「もういらない」と答えた。

 午後7時数分過ぎ、栄養士が、苦しそうに汗をかいているAさんに気づいた。栄養士が介護職員2名に知らせ、介護職員が看護師に知らせた。

 午後7時10分頃、看護師が大型吸引機を使って口と鼻から吸引を行った。米粒上のどろどろした食べもののかすを取り除いたが、Aさんの経皮的動脈血酸素飽和度(SPO2)が低下したため、午後7時19分に救急通報を行なった。

 

裁判所の判断

介護施設Xの責任について

 食事中、のどに食物が残っているタイミングでしゃっくりが出ると嚥下のタイミングがずれ、食物を誤嚥する危険が大きい。そのため、ただちに食事介助を中断し、しゃっくりが止まるまで水分を含む一切の食物の提供を停止する必要がある。

 また、Aさんは大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断され、医師が特に誤嚥の危険を指摘していた。このことから、食事介助を行う際はひと口ごとに嚥下を確認し、少なくとも食事介助の終了時には口の中に食物が残っていないことを確認する必要がある。
 とりわけ食事介助の終了時にしゃっくりが出ていたのなら、口の中を確認する必要があるが非常に高い。

 職員①は、食事中に出はじめたしゃっくりが治まっていない状態で、すまし汁などを勧めて食事介助を続けた。その後、しゃっくりが強くなったにも関わらず、Aさんの口の中に食物が残っていないことを確認せずに席を離れた。
 職員①の食事介助のしかたは、誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切なものである。

 介護施設Xは入所契約に基づき、原告の身体の安全に配慮して適切な態様で食事解除のサービスを提供する義務を負っていた。
 しかし、職員①は上記の義務を履行しなかったものと言わざるを得ない。こうしたことから、被告には入所契約上の義務違反が認められる。

 Aさんの誤嚥が(食事介助中ではなく)食事介助の終了後に起こったものである場合、職員①が「食事介助を終えた際にAさんの口の中を確認せずに席を離れる」という、誤嚥を引き起こす危険性が高い介助を行ったため、Aさんが口の中に残っていた食べ物を誤嚥したものと認められる。

 つまり、Aさんの誤嚥が起こったのが食事中、食事終了後のいずれの場合でも、職員①の不適切な食事介助が誤嚥を引き起こしたことになる。

 介護施設Xの契約上の義務違反と、誤嚥発生との間に因果関係が認められるため、介護施設Xは誤嚥によるAさんの損害について、賠償責任を負う。

 

◆慰謝料額について

 事故発生前のAさんは日常生活全般について一部介助が必要で、意思決定や意思伝達が難しい場面もあったが、見守りがあれば杖を使用せずに歩くことができた。介護施設Xに入所後も運動会などに参加したり、自宅での外泊を楽しんだりしていた。

 しかし、事故によって寝たきりの状態になった。声かけに対してうなずくことがある程度で、行動能力のほとんどを失うに至った。
 その精神的苦痛はとても大きく、介護施設Xの契約上の義務違反の程度が著しいものとは言えないことを考慮しても、慰謝料額として1200万円を認めるのが相当である。

 事故当時、Aさんは複雑な意思の伝達は難しい状態だった。職員に確認された際、「しゃっくりがおさまるのを待ってから、食事を続ける」と思っていたとしても、単に「食べる」などと伝えるしかなかった。
 介護施設Xは、Aさんの意思の伝達能力にも配慮して食事介助を行うべきだったことを考えると、Aさんが食事を続ける意思を示したことを理由に、介護施設Xの過失を軽くするべきではない。