介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

医師の診察を受けさせるかどうかの判断


東京地裁 平成31年1月30日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 損害賠償請求を認めない。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・86歳 

脳梗塞の後遺症で、意思の疎通に大きな制約がある。

・食事・水分補給は自立で可能。食事は常食で、朝食はパンを希望。

・入所前日に、「夕食を食べすぎた」として2度嘔吐している。

 

事故の経緯

・同居家族が海外旅行をするため、ショートステイで施設を利用。

・入所1日めは食欲不振で、1度嘔吐。看護師の指示で経過観察。

・入所2日めは体調が安定し、施設提携の医師が急性胃炎の薬を処方。

・入所3日め、早朝に嘔吐。意識障害はなく、バイタルサインも安定していたが、数時間後に容体が急変した。

 

事故後の原告の状態

救急搬送したが、病院到着前に心肺停止。

 

判決の内容

事故の状況は……

◆入所1日め

 Aさんは胃痛を訴えて昼食も間食もとらなかった。看護師が家族に連絡してAさんの様子を伝えると、家族からは「以前、胃痛を訴えた際、2日間何も食べなかったことがあった」「危篤時以外、連絡は不要」という返答があった。

 午後6時30分頃、夕食のおかゆを3口食べ、お茶を約50ml飲んだ。

 午後10時50分頃、Aさんが居室から出ていた。職員が部屋を確認したところ、ベッドに液状のチョコレート色の嘔吐物があった。職員はバイタルサインを測定し、看護師に連絡。バイタルサインにとくに異常が見られなかったため、看護師は経過観察を指示した。

 その後、Aさんは就寝。1時間おきに職員が様子を確認したが、就寝を続けていた。

 

◆入所2日め

 一貫して、バイタルサインに異常なし。食事の量は少ないものの、自分でトイレに行ったりベッドに座ったりしていた。

 往診に来た施設提携の医師は、バイタルサインの数値に問題がなく、嘔吐後の体調が安定してしていることから、急性胃炎の疑いがあると診断。体内での出血は疑わなかった。

 Aさんは、食事の量は少ないものの、処方された薬をのんで就寝した。

 

◆入所3日め

 午前4時45分にナースコールがあり、介護職員がAさんの居室へ向かった。Aさんは嘔吐しており、口から首まわりにかけてチョコレート色の嘔吐物が付着。ラバーシーツにも染み込んでいた。

 Aさんは職員の声がけに反応し、意識障害はなかった。自力で車椅子に移り、吐き気が継続する様子はなかった。また、嘔吐後のバイタルサインの数値も、体調の急激な変化をうかがわせるものではなかった。その後、衣服を着替え、朝食のために車椅子でリビングに移動するなどしていた。

 看護師は脱水の可能性を考え、病歴等を把握している主治医の診察を受けさせることを検討したが、家族は海外旅行中であり、ケアマネジャーが対応できるのも翌日だった。

 午前11時20分ごろ、ナースコールがあり、職員がAさんの居室へ。トイレに行くために手すりをつかんで立ってもらおうとしたところ、口や鼻から暗褐色の嘔吐物が多量に出て、白目を浮かべる状態になった。病院に救急搬送したが、病院到着前に心肺停止状態だった。

 

 Aさんの遺族は、①入所3日めの午前4時45分に嘔吐が見られた時点ですぐに救急搬送を要請すべきだった、②入所3日め、施設提携の医院が開院する午前9時に提携医師の診察を受けさせるべきだった、と主張した。

 

裁判所の判断

◆上記①について

 Aさんの意識状態やバイタルサインの数値等に照らせば、入所3日めの午前4時45分の時点で、直ちに救急搬送を要請して医療機関における治療を受けさせなければならなかったとは言えない。

 

◆上記②について

 午前4時45分に嘔吐した後から午前9時頃まで、Aさんの全身状態に顕著な悪化の傾向が見られなかった。このことから、まずは主治医の診察を受けさせようとした看護士の判断に、注意義務(その行為をする際に一定の注意をしなければならない法律上の義務)違反または契約上の義務違反は認められない。