パンの誤嚥による後遺症
東京地裁 平成29年3月28日 判決
だれがだれを訴えた?
原告(訴えた側) Aさん
被告(訴えられた側) 介護老人保健施設X
裁判の結果はどうなった?
判決(裁判所の最終判断)
介護老人保健施設Xが、Aさんに総額4054万7146円の賠償を支払う。
事故当時の原告の状態
Aさん 男性・79歳
・噛む力や飲み込む力が弱まっていた。
事故の経緯
・ショートステイで施設を利用。
・家族からは、主食、副食ともにひと口大にして食べさせてほしいと求められていた。
・食事中にむせ、口内吸引を行ってのどに詰まっていたたんなどを取り除いたが、その後、体調が急変して心肺停止。
事故後の原告の状態
・喉からパンのかたまりが取り除かれた。
・心臓マッサージなどによって呼吸・心拍が回復したが、意識は回復しなかった。
・自賠法施行令別表第1の第1級1号(神経系統の機能又は精神上著しい障害を残し、常に介護を要するもの)の後遺障害が残った。
判決の内容
事故の状況は……
◆入所前
介護支援専門員によるヒアリングの際、Aさんは噛み切る力や飲み込む力が弱まっており、誤嚥を起こしやすいことを伝えられていた。
また、自宅での食事の際は、主食はひと口大のおにぎりや小さくちぎったパン、副食もひと口大に切って食べさせており、施設でも同様にしてほしい、と求められていた。
◆入所1日め
入所日に作成された食事箋には、①~③の指示があった。
①食種=一般職
②主食=米飯おにぎり。形態はひと口大
③備考=おにぎりを10個に分けてください
アセスメントシートには、嚥下について、あごの力が弱まっており、ため込むような食べ方をすること、水分でむせることがあるため見守りが必要、との記載があった。
短期入所連絡票にも、ときどき水分でむせることがあり、誤嚥に注意してほしいと書かれていた。
昼食、夕食には、小さく切ったものが提供された。
◆入所2日め
午前8時に朝食開始。ロールパン(6~7cm )2個、牛乳200mlパック、具入り卵焼き(石垣焼)、オニオンスープが提供された。
午前8時15分~20分頃、鼻から牛乳を出してむせているAさんを職員が発見し、食事を中止した。その時点で、ロールパン1個、牛乳、卵焼き及びオニオンスープの各半分を食べていた。
口腔ケアとトイレを済ませ、午前9時10分頃居室に戻った。そのときAさんののどが「ゴロゴロ」と鳴っており、さらに「ゼーゼー」「ゼロゼロ」と言い出したので、付き添っていた職員が、施設長(医師)を呼んだ。体温と経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定したところ、体温37.7度、SpO2は86~88%だった。
SpO2の値が低いため、施設長(医師)が口内吸引を行ったところ、牛乳の混ざった痰及び少量の食べもののかすが取り除かれた。この後、のどの音はしなくなり、SpO2は91~92%に上昇した。
体温は37.7度のままだったため、9時20分頃、氷枕をとりに行くために職員が部屋を出た。9時30分までに看護師が様子を見に行ったところ、Aさんの容態が急変していたため、施設長(医師)を呼んだ。施設長(医師)がかけつけたとき、すでにAさんにはチアノーゼが見られ、心肺停止の状態になっていた。
施設長(医師)が気管挿管を行ったところ、のどから5cmのパンのかたまりが取り除かれた。心臓マッサージによって心拍が再開し、呼吸も回復したが、意識は回復しなかった。
裁判所の判断
裁判所はまず、誤嚥について以下の3点を確認した。
・誤嚥直後に咳き込みなどがあっても、異物が一定の部位に収まると無症状となる場合がある。症状が重く見えない場合でも、異物が移動すれば、突然、気道が完全にふさがれる危険がある。
・症状がないからといって、誤嚥を簡単に考えることはできない。異物が移動して気道がふさがることがないよう、患者の移動や搬送は慎重に行う必要がある。
・パンはパサパサしており、ひと口分が大きくなりがちなため、嚥下障害のある人にとって食べにくく、飲み込みにくい。危険性のある食べ物だと指摘されているうえ、実際にパンを原因とする窒息事故が多く発生している。
そのうえで、Aさんの事故の経緯について①~③のように認定した。
①Aさんは食事中に誤嚥を起こし、気道が不完全にふさがった状態になった。
②吸引によって、誤嚥したものの一部が取り除かれ、SpO2の改善が見られた。
③その後、誤嚥したパンのかたまりが移動し、気道をほぼ完全にふさいだことで窒息が生じた。
介護施設Xは、誤嚥のリスクを認識していたのだから、飲み込みやすい食べ物を選んで提供するべきだった。
パンの場合、小さくちぎって提供するべき義務があったが、それに反してロールパンをそのまま提供した。
Aさんはパンのかたまりが気道をふさいだために窒息を起こしたのであり、介護施設Xには、事故の発生についての責任がある。