介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

グループホームでの複数回の転落・転倒


神戸地裁 平成21年12月17日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) グループホーム認知症対応型共同生活介護施設)X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設XはAさんに損害賠償として376万7810円を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 87歳 

要介護2

・介助があれば歩行可能。

骨粗しょう症

認知症により成年後見人が選任されていた。

 

事故の経緯

・事故の約7カ月前にベッドから転落し、腰椎を圧迫骨折。

・事故の4カ月前に居室で転倒し、大腿骨を骨折して103日間入院。

・退院から約1カ月後に居室で転倒。

 

事故後の原告の状態

・座骨を骨折し、100日間入院。

・自力で立ち、歩行することが困難になった。

・要介護度3に変更された。

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは、「要介護1」で平成16年1月25日にグループホーム認知症対応型共同生活介護施設)Xに入居。平成17年8月25日に、「要介護2」とする契約更新をした。

 この時点でAさんは自力歩行ができており、生活も比較的自立していた。

Aさんは窓や扉の戸締まりを気にする性格で、夕食後は必ずといってよいほど玄関の戸締りを確認し、起床後はカーテンを自分で開けるなどの習慣があった。Aさんのこうした性格や習慣については、グループホームXの職員も認識していた。

 

◆ベッドからの転落

平成18年4月15日、Aさんは居室内でベッドから落下し、第一腰椎体圧迫骨折、骨粗鬆症と診断された。Aさんの成年後見人は、グループホームXに対し、「Aさんは骨が弱いので気をつけてほしい」と要望を出した。

 

◆最初の転倒

 平成18年7月20日、午前6時30分頃、Aさんは起床直後に居室のカーテンを開けようとし、ふらついて転倒した。その際、職員の見守りはなかった。職員は、「ドスン」という音がしたためAさんの居室を確認し、ベッドと窓の間の床の上に、体の右側を下にして倒れているAさんを発見した。

Aさんは救急搬送され、右大腿骨転子部(足の付け根の部分)骨折と診断された。10月30日に退院するまで103日間入院。その間に手術を受け、介助下で歩行可能となった。

 

◆2回めの転倒

 Aさんの退院後、グループホームXでは、職員による就寝後の巡視をこまめに行い、転倒防止のためにAさん居室のたんすの配置を変えるなどの配慮をした。

平成18年11月7日、Aさんは午後7時頃就寝したが、午後7時10分~30分頃までの間に居室のカーテンを開閉した際に転倒した。転倒した際、職員の見守りはなかった。

午後7時10分頃に職員が巡視した際、Aさんに異常はなかったが、午後7時30分頃に居室を確認した際、窓際で体の右側を下にし、体を「く」の字に曲げて倒れているAさんを発見した。

Aさんは救急搬送され、右側座骨骨折(骨盤の下端の部分)骨折と診断されて100日間入した。

これら3回の事故による負傷および入院生活の影響でAさんは自力で立ち、歩行することが困難になり、要介護度3に変更された。

 

裁判所の判断

◆介護に関する契約について

 契約書には「事業者は、利用者に対する介護サービスの提供に当たって、万一事故が発生し、利用者の生命・身体・財産に損害が発生した場合は、不可抗力による場合を除き速やかに利用者に対して損害を賠償する」という特約条項がある。

 上記条文では、不可抗力による場合が除外され、さらに事業者(グループホームX)は速やかに利用者に対して損害賠償をする規定になっている。このことから裁判所は、事故が起こり、損害が発生したことはAさんが主張立証すれば足りること、グループホームXが不可抗力による事故であることを立証しない限り、グループホームXが損害賠責任を負うことを明らかなものとした。

このことから、Aさんはけがを負った2回の転倒が不可抗力によるものだと証明しない限り、グループホームXには損害賠償責任があるとみなされる。

 最初の転倒の後、グループホームXは、Aさんの成年後見人から具体的な危険性を指摘した要望を受けていたにも関わらず、事故発生・損害拡大を防ぐために何らかの対策を取った形跡がない。

 2回めの転倒の後も、巡視の強化や家具の配置換えといったある程度の対策を講じていたものの、カーテンの開閉などの厳習慣的な行動は職員の巡視や見守りの際にさせる、Aさんがひとりで歩く際には杖などの補助器具を与えるなど、より効果的な対策をとったり、検討していたりした形跡はない。

 そもそも、103日間の入院が必要な最初の転倒の後もAさんは退所せず、グループホームXに戻っている。この段階で、介護計画の変更、変更の検討をする必要がまったくなかったとはいえない。

 これらのことから、グループホームXに過失がないとは言えず、契約書にある「不可抗力による場合を除き」という文言によって免責(賠償金を支払わないこと)されることはない。

 

グループホームXの主張について

 グループホームXは、Aさんが適切なバランスをとって歩行しなかったことに大きな過失があり、過失相殺(被害者側の責任に応じて賠償金を減額すること)または過失相殺の類推、もしくは骨粗鬆症であることを理由に損害賠償の減額がなされるべき、と主張した。

 しかしAさんには認知症があり、成年後見人もいたことから、自分の行為の結果を正しく認識できる状態にはなく、健康な人と同様に過失を問うことはできない。

 さらにグループホームXとAさんは、Aさんが認知症であり、要介護状態にあることを前提として契約している。グループホームXは、対価を得て介護サービスを提供する立場にあるため、契約関係にない事故の場合のように過失相殺の類推などを理由に損害賠償を減額するのは相当ではない。

 グループホームXのような介護施設では、骨折等の事故防止が特に重要と見られることから、慰謝料額を安易に減額することには慎重であるべき。そのため、交通事故などで用いられる入通院期間を基準とした慰謝料を認めるのが相当である。