介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

医師の診察を受けさせるかどうかの判断


東京地裁 平成31年1月30日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 損害賠償請求を認めない。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・86歳 

脳梗塞の後遺症で、意思の疎通に大きな制約がある。

・食事・水分補給は自立で可能。食事は常食で、朝食はパンを希望。

・入所前日に、「夕食を食べすぎた」として2度嘔吐している。

 

事故の経緯

・同居家族が海外旅行をするため、ショートステイで施設を利用。

・入所1日めは食欲不振で、1度嘔吐。看護師の指示で経過観察。

・入所2日めは体調が安定し、施設提携の医師が急性胃炎の薬を処方。

・入所3日め、早朝に嘔吐。意識障害はなく、バイタルサインも安定していたが、数時間後に容体が急変した。

 

事故後の原告の状態

救急搬送したが、病院到着前に心肺停止。

 

判決の内容

事故の状況は……

◆入所1日め

 Aさんは胃痛を訴えて昼食も間食もとらなかった。看護師が家族に連絡してAさんの様子を伝えると、家族からは「以前、胃痛を訴えた際、2日間何も食べなかったことがあった」「危篤時以外、連絡は不要」という返答があった。

 午後6時30分頃、夕食のおかゆを3口食べ、お茶を約50ml飲んだ。

 午後10時50分頃、Aさんが居室から出ていた。職員が部屋を確認したところ、ベッドに液状のチョコレート色の嘔吐物があった。職員はバイタルサインを測定し、看護師に連絡。バイタルサインにとくに異常が見られなかったため、看護師は経過観察を指示した。

 その後、Aさんは就寝。1時間おきに職員が様子を確認したが、就寝を続けていた。

 

◆入所2日め

 一貫して、バイタルサインに異常なし。食事の量は少ないものの、自分でトイレに行ったりベッドに座ったりしていた。

 往診に来た施設提携の医師は、バイタルサインの数値に問題がなく、嘔吐後の体調が安定してしていることから、急性胃炎の疑いがあると診断。体内での出血は疑わなかった。

 Aさんは、食事の量は少ないものの、処方された薬をのんで就寝した。

 

◆入所3日め

 午前4時45分にナースコールがあり、介護職員がAさんの居室へ向かった。Aさんは嘔吐しており、口から首まわりにかけてチョコレート色の嘔吐物が付着。ラバーシーツにも染み込んでいた。

 Aさんは職員の声がけに反応し、意識障害はなかった。自力で車椅子に移り、吐き気が継続する様子はなかった。また、嘔吐後のバイタルサインの数値も、体調の急激な変化をうかがわせるものではなかった。その後、衣服を着替え、朝食のために車椅子でリビングに移動するなどしていた。

 看護師は脱水の可能性を考え、病歴等を把握している主治医の診察を受けさせることを検討したが、家族は海外旅行中であり、ケアマネジャーが対応できるのも翌日だった。

 午前11時20分ごろ、ナースコールがあり、職員がAさんの居室へ。トイレに行くために手すりをつかんで立ってもらおうとしたところ、口や鼻から暗褐色の嘔吐物が多量に出て、白目を浮かべる状態になった。病院に救急搬送したが、病院到着前に心肺停止状態だった。

 

 Aさんの遺族は、①入所3日めの午前4時45分に嘔吐が見られた時点ですぐに救急搬送を要請すべきだった、②入所3日め、施設提携の医院が開院する午前9時に提携医師の診察を受けさせるべきだった、と主張した。

 

裁判所の判断

◆上記①について

 Aさんの意識状態やバイタルサインの数値等に照らせば、入所3日めの午前4時45分の時点で、直ちに救急搬送を要請して医療機関における治療を受けさせなければならなかったとは言えない。

 

◆上記②について

 午前4時45分に嘔吐した後から午前9時頃まで、Aさんの全身状態に顕著な悪化の傾向が見られなかった。このことから、まずは主治医の診察を受けさせようとした看護士の判断に、注意義務(その行為をする際に一定の注意をしなければならない法律上の義務)違反または契約上の義務違反は認められない。

パンの誤嚥による後遺症


東京地裁 平成29年3月28日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) 介護老人保健施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 

介護老人保健施設Xが、Aさんに総額4054万7146円の賠償を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 男性・79歳 

・噛む力や飲み込む力が弱まっていた。

 

事故の経緯

ショートステイで施設を利用。

・家族からは、主食、副食ともにひと口大にして食べさせてほしいと求められていた。

・食事中にむせ、口内吸引を行ってのどに詰まっていたたんなどを取り除いたが、その後、体調が急変して心肺停止。

 

事故後の原告の状態

・喉からパンのかたまりが取り除かれた。

・心臓マッサージなどによって呼吸・心拍が回復したが、意識は回復しなかった。

・自賠法施行令別表第1の第1級1号(神経系統の機能又は精神上著しい障害を残し、常に介護を要するもの)の後遺障害が残った。

 

判決の内容

事故の状況は……

◆入所前

 介護支援専門員によるヒアリングの際、Aさんは噛み切る力や飲み込む力が弱まっており、誤嚥を起こしやすいことを伝えられていた。
 また、自宅での食事の際は、主食はひと口大のおにぎりや小さくちぎったパン、副食もひと口大に切って食べさせており、施設でも同様にしてほしい、と求められていた。

 

◆入所1日め

 入所日に作成された食事箋には、①~③の指示があった。

①食種=一般職

②主食=米飯おにぎり。形態はひと口大

③備考=おにぎりを10個に分けてください

 アセスメントシートには、嚥下について、あごの力が弱まっており、ため込むような食べ方をすること、水分でむせることがあるため見守りが必要、との記載があった。

 短期入所連絡票にも、ときどき水分でむせることがあり、誤嚥に注意してほしいと書かれていた。

 昼食、夕食には、小さく切ったものが提供された。

 

◆入所2日め

 午前8時に朝食開始。ロールパン(6~7cm )2個、牛乳200mlパック、具入り卵焼き(石垣焼)、オニオンスープが提供された。

 午前8時15分~20分頃、鼻から牛乳を出してむせているAさんを職員が発見し、食事を中止した。その時点で、ロールパン1個、牛乳、卵焼き及びオニオンスープの各半分を食べていた。

 口腔ケアとトイレを済ませ、午前9時10分頃居室に戻った。そのときAさんののどが「ゴロゴロ」と鳴っており、さらに「ゼーゼー」「ゼロゼロ」と言い出したので、付き添っていた職員が、施設長(医師)を呼んだ。体温と経皮的動脈血酸素飽和度(SpO2)を測定したところ、体温37.7度、SpO2は86~88%だった。

SpO2の値が低いため、施設長(医師)が口内吸引を行ったところ、牛乳の混ざった痰及び少量の食べもののかすが取り除かれた。この後、のどの音はしなくなり、SpO2は91~92%に上昇した。

 体温は37.7度のままだったため、9時20分頃、氷枕をとりに行くために職員が部屋を出た。9時30分までに看護師が様子を見に行ったところ、Aさんの容態が急変していたため、施設長(医師)を呼んだ。施設長(医師)がかけつけたとき、すでにAさんにはチアノーゼが見られ、心肺停止の状態になっていた。

 施設長(医師)が気管挿管を行ったところ、のどから5cmのパンのかたまりが取り除かれた。心臓マッサージによって心拍が再開し、呼吸も回復したが、意識は回復しなかった。

 

裁判所の判断

裁判所はまず、誤嚥について以下の3点を確認した。

誤嚥直後に咳き込みなどがあっても、異物が一定の部位に収まると無症状となる場合がある。症状が重く見えない場合でも、異物が移動すれば、突然、気道が完全にふさがれる危険がある。

・症状がないからといって、誤嚥を簡単に考えることはできない。異物が移動して気道がふさがることがないよう、患者の移動や搬送は慎重に行う必要がある。

・パンはパサパサしており、ひと口分が大きくなりがちなため、嚥下障害のある人にとって食べにくく、飲み込みにくい。危険性のある食べ物だと指摘されているうえ、実際にパンを原因とする窒息事故が多く発生している。

 そのうえで、Aさんの事故の経緯について①~③のように認定した。

①Aさんは食事中に誤嚥を起こし、気道が不完全にふさがった状態になった。

②吸引によって、誤嚥したものの一部が取り除かれ、SpO2の改善が見られた。

③その後、誤嚥したパンのかたまりが移動し、気道をほぼ完全にふさいだことで窒息が生じた。

 介護施設Xは、誤嚥のリスクを認識していたのだから、飲み込みやすい食べ物を選んで提供するべきだった。
 パンの場合、小さくちぎって提供するべき義務があったが、それに反してロールパンをそのまま提供した。
 Aさんはパンのかたまりが気道をふさいだために窒息を起こしたのであり、介護施設Xには、事故の発生についての責任がある。

から揚げの誤嚥による死亡事故


東京地裁 平成28年10月7日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) デイサービスを運営する株式会社X

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 損害賠償請求を認めない。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 男性・59歳 

要介護4

身体障害者1級

脳梗塞の後遺症で左半身は完全麻痺

・日常生活では杖歩行

・食事は常食で自立だが、左半身麻痺の影響で咀嚼が難しく、食べこぼしが多い

 

事故の経緯

・デイサービスで当該施設を初めて利用。

・昼食のから揚げを誤嚥し、死亡した。

 

事故後の原告の状態

・死亡

 

判決の内容

事故の状況は……

 「通所介護アセスメント表」には、主食・副食ともに常食で禁食はなし、嚥下については普通、と記載されていた。
 アセスメント表作成の際、Aさんの食欲が旺盛であることなどが話題になってはいたものの、自宅で誤嚥した経験はなかった。主治医からも家族からも、「誤嚥」という言葉を使用した特段の注文や要望はなかった。

 Aさんが施設を利用した初日、Aさんは車椅子に座ってテーブルについた。他に利用者がいなかったため、Aさんの正面に2名、隣に1名の職員が座った。
 昼食には、白飯、みそ汁、卵焼き2切れのほか、Aさんが希望した鶏のから揚げ5個が出された。Aさんはから揚げを誤嚥し、死亡した。

 

裁判所の判断

 左半身麻痺のために食べこぼしがあったことから、Aさんの咀嚼が困難で、健常者にくらべて飲み込みにも問題がある可能性を考えることも不可能ではない。
 ただし抽象的にはともかく、具体的にAさんに誤嚥の危険性があること予見する(前もって見通す)ことは困難だった。

 提供したから揚げは、健常者に出されるものにくらべて小ぶりであり、3人の職員が近くで見守りながら食事を共にしていた。
 Aさんがむせてせき込みはじめたとき、職員はすぐに背中をたたいたり、口の中のものを出させたりするなどの対応をした。
 さらに、Aさんの顔色が急激に悪くなった直後には119番通報している。救急隊が到着するまでの間はAさんを車椅子に座らせたまま、顎を上に向けて気道を確保し、声かけをしながら背中を叩き続けた。

 事故の経過を踏まえた場合、施設職員の対応は、医学的にも事故対応としてもふさわしくないものだったということはできない。

ショートステイの際のベッド脇での転倒


東京地裁 平成24年5月30日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設Xの責任を認めない

 

事故当時の原告の状態

Aさん・84歳 

要介護2(事故の起こった日の約1週間後から要介護3となることが決まっていた)

 

事故の経緯

ショートステイで個室を利用。

・徘徊を繰り返すため、夜間はベッドにセンサーを設置し、Aさんがベッドを離れるたびに職員が対応していた。

・早朝、センサーが反応した直後にAさんが転倒した。

 

事故後の原告の状態

・頭部打撲による脳挫傷

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんが介護施設Xをショートステイで利用するのは2回め。初日から徘徊を繰り返したため、職員が見守りを実施。
 ベッドに離床センサーを設置し、Aさんがベッドを離れるたびに対応した。

 

◆事故前夜からの経緯

 午後8時50分頃就寝。

 午後10時から午前2時30分にかけて、5回ベッドを離れた。離床センサーが反応するたび、施設職員1名または2名が居室へ行き、Aさんをベッドやソファに誘導して寝かせた。

 午前4時に職員が巡回した際、Aさんが下着を脱いで失禁。着替えに抵抗したが、最終的には職員2名で居室に誘導してベッドに寝かせた。

 午前6時頃に職員が巡回した際、Aさんは眠っていた。

 午前6時20分頃、離床センサーが反応。その約15秒後にAさんの居室から「ドスン」と音がした。
 職員が居室に向かうと、Aさんがベッド脇に、体の右側を下にした姿勢で倒れていた。
 Aさんに意識障害はなく、頭の痛みを訴えた。職員が確認したところ、後頭部にこぶがあった。

 午前10時10分頃、病院を受診。CT検査を受けたところ、前頭部に出血が確認された。

 午後1時5分、転送された脳神経外科病院で頭部打撲による脳挫傷と診断された。

 

裁判所の判断

◆介護に関する契約について

 本件の介護契約は、要介護認定を受けた高齢者を、利用者として施設に収容した上で介護することを内容とするもの。介護を引き受けた者(介護施設X)には、利用者の生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されると考えられる。

 介護施設Xは契約に伴い、Aさんに対して生命、健康などを危険から保護する「安全配慮義務」を追っているといえる。
 ただしその内容や、違反があるかどうかについては、本件の介護契約の前提となる介護施設Xの体制(人、設備、体制など)、Aさんの状態などに照らし合わせて現実的に判断すべき。

 

介護施設の責任について

 Aさんの居室のベッドには転落を防止するための柵が設置されており、それに加えて介護施設Xでは、Aさんの居室に離床センサーを取り付け、Aさんがベッドから離れた場合に対応することができる体制をつくった。
 実際に、職員はセンサーが反応するたびに居室を確認し、Aさんを寝かせるなどの対応をしている。また、職員は夜間、少なくとも2時間おきに巡回し、Aさんの様子を把握している。

 さらに本件事故前には、Aさんの介護支援専門員に対し、施設での転倒を防ぐために退所させることや睡眠剤の処方を相談している。

 事故の直前にセンサーが反応した際は、職員2名が事務所で別の利用者への対応に当たっていたが、その利用者の安全を確保したうえで対応を中断し、Aさんの居室に向かっている。

 これらのことから、介護施設Xは、他の利用者への対応も必要な中で、原告の転倒の可能性を踏まえて負傷を防ぐために設備や人員体制を配慮し、Aさんの転倒を防ぐための措置を取ったといえる。

 転倒後、Aさんには意識があったこと、職員が経過観察していたところ、午前9時55分になって吐き気を訴えたこと、午前10時10分には病院へ搬送されていることなどから、Aさんが事故後すぐに救急搬送が必要な状況にあったとはいえない。

 以上により、介護施設Xに安全配慮義務違反や、故意または過失による不法行為(他人に損害を与える行為)があると認められる証拠はない。

意思の伝達が難しい要介護者の誤嚥事故


神戸地裁 平成30年2月19日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの成年後見

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 
介護施設XはAさんに損害賠償として1960万3844円(内1200万円が慰謝料)を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・80歳 

要介護4

大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断されていた。

・認知機能の低下が見られ、失語症状もあった。

・見守りがあれば自立歩行が可能。

・食事は全面介助

・「主治医意見書」に、「誤嚥に注意」と記載されていた。

 

事故の経緯

・介護を受けながらの食事中に誤嚥

・職員が目を離した間に容体が急変し、救急搬送された。

 

事故後の原告の状態

・寝たきりの状態になった。

 

判決の内容

事故の状況は……

◆Aさんの体の状態

 Aさんは平成26年1月から介護施設Xのショートステイを利用し、平成26年10月に入所した。平成25年夏に大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断されており、医師からは、CBDは進行が速く、誤嚥性肺炎を起こしやすいと指摘されていた。

 平成26年8月、要介護4に認定した際の「主治医意見書」には「大脳皮質基底核変性症」の診断名に加え、下記①~⑤が記載された。

認知症以外の精神・神経症状:右上下肢運動機能低下
②食事行為:全面介助
③栄養・食生活上の留意点:誤嚥に注意
接触についての医学的観点からの留意事項:特になし
⑤嚥下についての医学的観点からの留意事項:誤嚥に注意

 介護認定審査会資料の嚥下の項には特記がなく、食事摂取の項には「全介助」と記載された。

 介護施設Xの「「課題分析」の食事摂取の項には、嚥下状態について「見守りが必要」の選択がされ、備考欄に「手の拘縮が強く、いつも握りしめておられる。スプーン、介助皿を使用するが解除が必要」と記載されている。

 平成26年10月14日付の医師による「診療情報提供書」には「現在は、誤嚥などはまだ明らかではありませんが、ご家族にはCBDは進行が速いこと、誤嚥性肺炎を起こしやすいことを説明しております」と記載されている。

 また、Aさんには発語が少ないなどの言語症状も見られ、複雑な意思の伝達は困難だった。

 

◆事故発生までの経緯

 午後6時頃、Aさんに夕食が提供された。献立は、米飯、魚の田楽風、にんじんとブロッコリーのマヨネーズ和え、豚レバーのケチャップ炒め、すまし汁(そうめん)。

 Aさんのテーブルには他に3名の利用者がおり、その中には要介助者と自分で食事をとれる人がいた。要介助者については職員が介助を行ったが、Aさんはひとりで食事を始めた。

 

◆事故発生からの経緯

 午後6時30分頃、Aさんのテーブルでは、Aさん以外は食事を終えていた。他のテーブルで食事介助を行っていた職員①が、Aさんが1割程度しか食べていないことに気づき、午後6時40分頃、Aさんの食事介助を始めた。

 Aさんが4割程度食べたところで、しゃっくりが出はじめた。職員①に勧められ、Aさんはすまし汁を飲んだ。職員①が食事を続けるかどうか尋ねたところ、Aさんが「食べる」と答えたため、しゃっくりはおさまっていなかったが、食事を続けた。

 Aさんがさらに2割程度食べたところで、しゃっくりが強くなった。職員①はAさんに尋ねたうえで食事を中止し、席を離れた。その際、Aさんの口の中に食べものが残っているかどうか確認しなかった。

 Aさんが最終的に、主食を7割、副食を5割程度食べていた。Aさんが食事をする間、同じテーブルの3名の利用者は席に座ったままだった。

 隣のテーブルで食事介助を行っていた職員②は、Aさんのしゃっくりを聞き、職員①がAさんの背中をたたくなどしていたことには気づいていた。しかし、職員①がテーブルを離れたことには気づかなかった。

 午後7時頃、職員②がAさんの食事が残っていることに気づき、食事を続けるかどうか尋ねた。このときしゃっくりは収まっており、Aさんは「もういらない」と答えた。

 午後7時数分過ぎ、栄養士が、苦しそうに汗をかいているAさんに気づいた。栄養士が介護職員2名に知らせ、介護職員が看護師に知らせた。

 午後7時10分頃、看護師が大型吸引機を使って口と鼻から吸引を行った。米粒上のどろどろした食べもののかすを取り除いたが、Aさんの経皮的動脈血酸素飽和度(SPO2)が低下したため、午後7時19分に救急通報を行なった。

 

裁判所の判断

介護施設Xの責任について

 食事中、のどに食物が残っているタイミングでしゃっくりが出ると嚥下のタイミングがずれ、食物を誤嚥する危険が大きい。そのため、ただちに食事介助を中断し、しゃっくりが止まるまで水分を含む一切の食物の提供を停止する必要がある。

 また、Aさんは大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断され、医師が特に誤嚥の危険を指摘していた。このことから、食事介助を行う際はひと口ごとに嚥下を確認し、少なくとも食事介助の終了時には口の中に食物が残っていないことを確認する必要がある。
 とりわけ食事介助の終了時にしゃっくりが出ていたのなら、口の中を確認する必要があるが非常に高い。

 職員①は、食事中に出はじめたしゃっくりが治まっていない状態で、すまし汁などを勧めて食事介助を続けた。その後、しゃっくりが強くなったにも関わらず、Aさんの口の中に食物が残っていないことを確認せずに席を離れた。
 職員①の食事介助のしかたは、誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切なものである。

 介護施設Xは入所契約に基づき、原告の身体の安全に配慮して適切な態様で食事解除のサービスを提供する義務を負っていた。
 しかし、職員①は上記の義務を履行しなかったものと言わざるを得ない。こうしたことから、被告には入所契約上の義務違反が認められる。

 Aさんの誤嚥が(食事介助中ではなく)食事介助の終了後に起こったものである場合、職員①が「食事介助を終えた際にAさんの口の中を確認せずに席を離れる」という、誤嚥を引き起こす危険性が高い介助を行ったため、Aさんが口の中に残っていた食べ物を誤嚥したものと認められる。

 つまり、Aさんの誤嚥が起こったのが食事中、食事終了後のいずれの場合でも、職員①の不適切な食事介助が誤嚥を引き起こしたことになる。

 介護施設Xの契約上の義務違反と、誤嚥発生との間に因果関係が認められるため、介護施設Xは誤嚥によるAさんの損害について、賠償責任を負う。

 

◆慰謝料額について

 事故発生前のAさんは日常生活全般について一部介助が必要で、意思決定や意思伝達が難しい場面もあったが、見守りがあれば杖を使用せずに歩くことができた。介護施設Xに入所後も運動会などに参加したり、自宅での外泊を楽しんだりしていた。

 しかし、事故によって寝たきりの状態になった。声かけに対してうなずくことがある程度で、行動能力のほとんどを失うに至った。
 その精神的苦痛はとても大きく、介護施設Xの契約上の義務違反の程度が著しいものとは言えないことを考慮しても、慰謝料額として1200万円を認めるのが相当である。

 事故当時、Aさんは複雑な意思の伝達は難しい状態だった。職員に確認された際、「しゃっくりがおさまるのを待ってから、食事を続ける」と思っていたとしても、単に「食べる」などと伝えるしかなかった。
 介護施設Xは、Aさんの意思の伝達能力にも配慮して食事介助を行うべきだったことを考えると、Aさんが食事を続ける意思を示したことを理由に、介護施設Xの過失を軽くするべきではない。

ショートステイの際の個室での転倒


東京地裁 平成24年5月30日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設Xの責任を認めない

 

◆事故当時の原告の状態

Aさん 84歳 

要介護2(事故の起こった日の約1週間後から要介護3となることが決まっていた)

 

事故の経緯

ショートステイで個室を利用。

・徘徊を繰り返すため、夜間はベッドにセンサーを設置し、Aさんがベッドを離れるたびに職員が対応していた。

・早朝、センサーが反応した直後にAさんが転倒した。

 

事故後の原告の状態

・頭部打撲による脳挫傷

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんが介護施設Xをショートステイで利用するのは2回め。初日から徘徊を繰り返したため、職員が見守りを実施。ベッドに離床センサーを設置し、Aさんがベッドを離れるたびに対応した。

 

◆事故前夜からの経緯

 午後8時50分頃就寝。

 午後10時から午前2時30分にかけて、5回ベッドを離れた。離床センサーが反応するたび、施設職員1名または2名が居室へ行き、Aさんをベッドやソファに誘導して寝かせた。

 午前4時に職員が巡回した際、Aさんが下着を脱いで失禁。着替えに抵抗したが、最終的には職員2名で居室に誘導してベッドに寝かせた。

午前6時頃に職員が巡回した際、Aさんは眠っていた。

午前6時20分頃、離床センサーが反応。その約15秒後にAさんの居室から「ドスン」と音がした。職員が居室に向かうと、Aさんがベッド脇に、体の右側を下にした姿勢で倒れていた。Aさんに意識障害はなく、頭の痛みを訴えた。職員が確認したところ、後頭部にこぶがあった。

午前10時10分頃、病院を受診。CT検査を受けたところ、前頭部に出血が確認された。

午後1時5分、転送された脳神経外科病院で頭部打撲による脳挫傷と診断された。

 

裁判所の判断

◆介護に関する契約について

 本件の介護契約は、要介護認定を受けた高齢者を、利用者として施設に収容した上で介護することを内容とするもの。介護を引き受けた者(介護施設X)には、利用者の生命、身体等の安全を適切に管理することが期待されると考えられる。

 介護施設Xは契約に伴い、Aさんに対して生命、健康などを危険から保護する「安全配慮義務」を追っているといえる。ただしその内容や、違反があるかどうかについては、本件の介護契約の前提となる介護施設Xの体制(人、設備、体制など)、Aさんの状態などに照らし合わせて現実的に判断すべき。

 

介護施設の責任について

Aさんの居室のベッドには転落を防止するための柵が設置されており、それに加えて介護施設Xでは、Aさんの居室に離床センサーを取り付け、Aさんがベッドから離れた場合に対応することができる体制をつくった。実際に、職員はセンサーが反応するたびに居室を確認し、Aさんを寝かせるなどの対応をしている。また、職員は夜間、少なくとも2時間おきに巡回し、Aさんの様子を把握している。

 さらに本件事故前には、Aさんの介護支援専門員に対し、施設での転倒を防ぐために退所させることや睡眠剤の処方を相談している。

 事故の直前にセンサーが反応した際は、職員2名が事務所で別の利用者への対応に当たっていたが、その利用者の安全を確保したうえで対応を中断し、Aさんの居室に向かっている。

 これらのことから、介護施設Xは、他の利用者への対応も必要な中で、原告の転倒の可能性を踏まえて負傷を防ぐために設備や人員体制を配慮し、Aさんの転倒を防ぐための措置を取ったといえる。

 転倒後、Aさんには意識があったこと、職員が経過観察していたところ、午前9時55分になって吐き気を訴えたこと、午前10時10分には病院へ搬送されていることなどから、Aさんが事故後すぐに救急搬送が必要な状況にあったとはいえない。

 以上により、介護施設Xに安全配慮義務違反や、故意または過失による不法行為(他人に損害を与える行為)があると認められる証拠はない。

グループホームでの複数回の転落・転倒


神戸地裁 平成21年12月17日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) グループホーム認知症対応型共同生活介護施設)X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設XはAさんに損害賠償として376万7810円を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 87歳 

要介護2

・介助があれば歩行可能。

骨粗しょう症

認知症により成年後見人が選任されていた。

 

事故の経緯

・事故の約7カ月前にベッドから転落し、腰椎を圧迫骨折。

・事故の4カ月前に居室で転倒し、大腿骨を骨折して103日間入院。

・退院から約1カ月後に居室で転倒。

 

事故後の原告の状態

・座骨を骨折し、100日間入院。

・自力で立ち、歩行することが困難になった。

・要介護度3に変更された。

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは、「要介護1」で平成16年1月25日にグループホーム認知症対応型共同生活介護施設)Xに入居。平成17年8月25日に、「要介護2」とする契約更新をした。

 この時点でAさんは自力歩行ができており、生活も比較的自立していた。

Aさんは窓や扉の戸締まりを気にする性格で、夕食後は必ずといってよいほど玄関の戸締りを確認し、起床後はカーテンを自分で開けるなどの習慣があった。Aさんのこうした性格や習慣については、グループホームXの職員も認識していた。

 

◆ベッドからの転落

平成18年4月15日、Aさんは居室内でベッドから落下し、第一腰椎体圧迫骨折、骨粗鬆症と診断された。Aさんの成年後見人は、グループホームXに対し、「Aさんは骨が弱いので気をつけてほしい」と要望を出した。

 

◆最初の転倒

 平成18年7月20日、午前6時30分頃、Aさんは起床直後に居室のカーテンを開けようとし、ふらついて転倒した。その際、職員の見守りはなかった。職員は、「ドスン」という音がしたためAさんの居室を確認し、ベッドと窓の間の床の上に、体の右側を下にして倒れているAさんを発見した。

Aさんは救急搬送され、右大腿骨転子部(足の付け根の部分)骨折と診断された。10月30日に退院するまで103日間入院。その間に手術を受け、介助下で歩行可能となった。

 

◆2回めの転倒

 Aさんの退院後、グループホームXでは、職員による就寝後の巡視をこまめに行い、転倒防止のためにAさん居室のたんすの配置を変えるなどの配慮をした。

平成18年11月7日、Aさんは午後7時頃就寝したが、午後7時10分~30分頃までの間に居室のカーテンを開閉した際に転倒した。転倒した際、職員の見守りはなかった。

午後7時10分頃に職員が巡視した際、Aさんに異常はなかったが、午後7時30分頃に居室を確認した際、窓際で体の右側を下にし、体を「く」の字に曲げて倒れているAさんを発見した。

Aさんは救急搬送され、右側座骨骨折(骨盤の下端の部分)骨折と診断されて100日間入した。

これら3回の事故による負傷および入院生活の影響でAさんは自力で立ち、歩行することが困難になり、要介護度3に変更された。

 

裁判所の判断

◆介護に関する契約について

 契約書には「事業者は、利用者に対する介護サービスの提供に当たって、万一事故が発生し、利用者の生命・身体・財産に損害が発生した場合は、不可抗力による場合を除き速やかに利用者に対して損害を賠償する」という特約条項がある。

 上記条文では、不可抗力による場合が除外され、さらに事業者(グループホームX)は速やかに利用者に対して損害賠償をする規定になっている。このことから裁判所は、事故が起こり、損害が発生したことはAさんが主張立証すれば足りること、グループホームXが不可抗力による事故であることを立証しない限り、グループホームXが損害賠責任を負うことを明らかなものとした。

このことから、Aさんはけがを負った2回の転倒が不可抗力によるものだと証明しない限り、グループホームXには損害賠償責任があるとみなされる。

 最初の転倒の後、グループホームXは、Aさんの成年後見人から具体的な危険性を指摘した要望を受けていたにも関わらず、事故発生・損害拡大を防ぐために何らかの対策を取った形跡がない。

 2回めの転倒の後も、巡視の強化や家具の配置換えといったある程度の対策を講じていたものの、カーテンの開閉などの厳習慣的な行動は職員の巡視や見守りの際にさせる、Aさんがひとりで歩く際には杖などの補助器具を与えるなど、より効果的な対策をとったり、検討していたりした形跡はない。

 そもそも、103日間の入院が必要な最初の転倒の後もAさんは退所せず、グループホームXに戻っている。この段階で、介護計画の変更、変更の検討をする必要がまったくなかったとはいえない。

 これらのことから、グループホームXに過失がないとは言えず、契約書にある「不可抗力による場合を除き」という文言によって免責(賠償金を支払わないこと)されることはない。

 

グループホームXの主張について

 グループホームXは、Aさんが適切なバランスをとって歩行しなかったことに大きな過失があり、過失相殺(被害者側の責任に応じて賠償金を減額すること)または過失相殺の類推、もしくは骨粗鬆症であることを理由に損害賠償の減額がなされるべき、と主張した。

 しかしAさんには認知症があり、成年後見人もいたことから、自分の行為の結果を正しく認識できる状態にはなく、健康な人と同様に過失を問うことはできない。

 さらにグループホームXとAさんは、Aさんが認知症であり、要介護状態にあることを前提として契約している。グループホームXは、対価を得て介護サービスを提供する立場にあるため、契約関係にない事故の場合のように過失相殺の類推などを理由に損害賠償を減額するのは相当ではない。

 グループホームXのような介護施設では、骨折等の事故防止が特に重要と見られることから、慰謝料額を安易に減額することには慎重であるべき。そのため、交通事故などで用いられる入通院期間を基準とした慰謝料を認めるのが相当である。