
平成27年7月16日判決 東京地方裁判所
だれがだれを訴えた?
原告(訴えた側) Aさんの相続人
被告(訴えられた側) 特別養護老人ホームXと、Xの施設長
裁判の結果はどうなった?
判決(裁判所の最終判断)
特別養護老人ホームX、Xの施設長への損賠賠償請求を認めない。
事故当時の原告の状態
Aさん・86歳
・要介護度5
・脳梗塞後遺症の右片麻痺。
・入所の約半年前に急性腎盂腎炎で入院。回復し、食事(ミキサー食)もとれるようになったので特別養護老人ホームXに入所した。
事故の経緯
・嘔吐をきっかけに食事・水分摂取量が減ったため、輸液(点滴)治療を行った。
・輸液治療の20日後に発熱して救急搬送され、肺炎、脱水、尿路感染と診断されて入院。
事故後の原告の状態
・1カ月の入院後、死亡
判決の内容
事故の状況は……
ある日の嘔吐をきっかけにAさんの食事・水分の摂取量が減ったため、Xの嘱託医が輸液(点滴)治療を行った。しかし、その後も食事・水分の摂取量は戻らず、輸液治療の約20日後に38.5度の発熱が見られた。
嘱託医が酸素投与、輸液を行ったが呼吸状態が悪化したため、病院に救急搬送された。病院では「肺炎、脱水、尿路感染」と診断され、入院することになった。
約1か月の入院後、同病院で死亡した。直接の死因は肺炎であり、発病から死亡までの期間は38日間とされた。
原告の意見
Aさんの相続人は、①~②を理由に、特別養護老人ホームXと施設長に対して1250万円の損害賠償を請求した。
①Aさんの脱水の症状を見落とし、必要な措置を講じなかった
②脱水によって体力が低下していたことを考慮し、肺炎等の感染症を予防するため、衛生面に下記のような注意を払って次のような措置を講じるべきだった。
・食事後の口腔洗浄や手足の消毒
・入浴又は清拭
・衣服の洗濯・交換
・個室への移動
裁判所の判断
●脱水とAさんの死亡との因果関係について
一般に、感染症は脱水の進行に伴って想定される典型的な事態である。Aさんの肺炎(肺炎桿菌によるもの)の発症についても、脱水の影響を否定できる事情は認められない。肺炎桿菌の感染時期や感染経路等を特定することはできないが、脱水またはその手前の体の水分が不足している状態で、吐き出しにくくなった痰に細菌が感染・増殖したと考えることもできるためである。
Aさんの死因となった肺炎の感染・発症には、脱水症またはそれに近い状態になったことが深くかかわっていると考えられる。そのため、脱水症とAさんの死亡との間には因果関係があるといえる。
●高齢者の体の状態と脱水の影響について
一般に、高齢者は①~③のような理由で脱水を起こしやすい。
①筋肉量が少ないため、体内に蓄積される水分量が少ない
②感覚機能が低下してのどの渇きをあまり感じなくなり、水分摂取量が減少する
③腎機能の低下
とくに病院や施設で長期間生活する高齢者については、①~③の影響が強まるため、さらに脱水のリスクが高まる
脱水を起こすと、微熱などの症状に加え、感染症や心・腎・呼吸不全を発症する可能性がある。さらに悪化すると意識障害や、血圧の大幅な低下などが見られるショック状態に陥り,最終的には死亡に至る場合も考えられる。
●介護施設の責任について
介護施設の運営者や介護職員は、脱水のリスクを十分認識したうえで、入所者が脱水を起こさないように食事・水分の摂り方を適切に管理する注意義務を負っている。
とくに食事等の状態によって脱水のリスクが高まっている入所者については、バイタルサインの測定等によって症状を見落とさないよう注意に注意する必要がある。
また、脱水の症状が認められたり水分補給が難しかったりする場合は医師の診察を受けさせるなど、重症化を防ぐ配慮をする注意義務を負っている。
特別養護老人ホームXでは、食事以外に1日4回・各200mlの水分補給を目標としている。食事の際に摂る水分を加えると1日に1000mlを超えることが予想されるため、脱水を予防するための措置としては十分といえる。
Xの職員は上記の目標に応じて各入居者に食事・水分の摂取を勧めており、介護記録にも記載して看護職員や栄養士を含む職員間で共有している。
同時に、水分補給が十分でない入居者については、看護職員への相談や嘱託医の受診を行い、38.5度以上の発熱や呼吸状態の悪化(痰が絡むなど)、食事が摂れない等の症状が見られる場合は嘱託医の往診を待たずに病院を受診することになっている。
Aさんに対してもこうした段階的な措置がとられており、脱水症の予防・対応に関する注意義務は尽くされていたといえる。脱水の早期発見に必要な、食事・水分の摂取割合の確認、バイタルサインの測定、排尿状況の観察も行われていた。
Aさんが、特別養護老人ホームXに入居中に肺炎桿菌に感染したことは疑いない。しかし、Xでは食事後の口腔洗浄や入浴、衣服の洗濯・交換、個室への移動が適宜行われていたことが認められるため、注意義務違反は認められない。





