介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

ショートステイでの全面介助での誤嚥


神戸地裁 平成30年2月19日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの成年後見

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設XはAさんに損害賠償として1960万3844円(内1200万円が慰謝料)を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・80歳 

要介護4

大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断されていた。

・認知機能の低下が見られ、失語症状もあった。

・見守りがあれば自立歩行が可能。

・食事は全面介助

・「主治医意見書」に、「誤嚥に注意」と記載されていた。

 

事故の経緯

・介護を受けながらの食事中に誤嚥

・職員が目を離した間に容体が急変し、救急搬送された。

 

事故後の原告の状態

寝たきりの状態になった。

 

判決の内容

事故の状況は……

◆Aさんの体の状態

 Aさんは平成26年1月から介護施設Xのショートステイを利用し、平成26年10月に入所した。平成25年夏に大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断されており、医師からは、CBDは進行が速く、誤嚥性肺炎を起こしやすいと指摘されていた。

 平成26年8月、要介護4に認定した際の「主治医意見書」には「大脳皮質基底核変性症」の診断名に加え、下記①~⑤が記載された。

認知症以外の精神・神経症状:右上下肢運動機能低下

②食事行為 全面介助

③栄養・食生活上の留意点 誤嚥に注意

接触についての医学的観点からの留意事項 特になし

⑤嚥下についての医学的観点からの留意事項 誤嚥に注意

 介護認定審査会資料の嚥下の項には特記がなく、食事摂取の項には「全介助」と記載された。

 介護施設Xの「「課題分析」の食事摂取の項には、嚥下状態について「見守りが必要」の選択がされ、備考欄に「手の拘縮が強く、いつも握りしめておられる。スプーン、介助皿を使用するが解除が必要」と記載されている。

 平成26年10月14日付の医師による「診療情報提供書」には「現在は、誤嚥などはまだ明らかではありませんが、ご家族にはCBDは進行が速いこと、誤嚥性肺炎を起こしやすいことを説明しております」と記載されている。

 また、Aさんには発語が少ないなどの言語症状も見られ、複雑な意思の伝達は困難だった。

 

◆事故発生までの経緯

 午後6時頃、Aさんに夕食が提供された。献立は、米飯、魚の田楽風、にんじんとブロッコリーのマヨネーズ和え、豚レバーのケチャップ炒め、すまし汁(そうめん)。

 Aさんのテーブルには他に3名の利用者がおり、その中には要介助者と自分で食事をとれる人がいた。要介助者については職員が介助を行ったが、Aさんはひとりで食事を始めた。

 

◆事故発生からの経緯

 午後6時30分頃、Aさんのテーブルでは、Aさん以外は食事を終えていた。他のテーブルで食事介助を行っていた職員①が、Aさんが1割程度しか食べていないことに気づき、午後6時40分頃、Aさんの食事介助を始めた。

 Aさんが4割程度食べたところで、しゃっくりが出はじめた。職員①に勧められ、Aさんはすまし汁を飲んだ。職員①が食事を続けるかどうか尋ねたところ、Aさんが「食べる」と答えたため、しゃっくりはおさまっていなかったが、食事を続けた。

 Aさんがさらに2割程度食べたところで、しゃっくりが強くなった。職員①はAさんに尋ねたうえで食事を中止し、席を離れた。その際、Aさんの口の中に食べものが残っているかどうか確認しなかった。

 Aさんが最終的に、主食を7割、副食を5割程度食べていた。Aさんが食事をする間、同じテーブルの3名の利用者は席に座ったままだった。

 隣のテーブルで食事介助を行っていた職員②は、Aさんのしゃっくりを聞き、職員①がAさんの背中をたたくなどしていたことには気づいていた。しかし、職員①がテーブルを離れたことには気づかなかった。

 午後7時頃、職員②がAさんの食事が残っていることに気づき、食事を続けるかどうか尋ねた。このときしゃっくりは収まっており、Aさんは「もういらない」と答えた。

 午後7時数分過ぎ、栄養士が、苦しそうに汗をかいているAさんに気づいた。栄養士が介護職員2名に知らせ、介護職員が看護師に知らせた。

 午後7時10分頃、看護師が大型吸引機を使って口と鼻から吸引を行った。米粒上のどろどろした食べもののかすを取り除いたが、Aさんの経皮的動脈血酸素飽和度(SPO2)が低下したため、午後7時19分に救急通報を行なった。

 

裁判所の判断

介護施設Xの責任について

 食事中、のどに食物が残っているタイミングでしゃっくりが出ると嚥下のタイミングがずれ、食物を誤嚥する危険が大きい。そのため、ただちに食事介助を中断し、しゃっくりが止まるまで水分を含む一切の食物の提供を停止する必要がある。

また、Aさんは大脳皮質基底核変性症(CBD)と診断され、医師が特に誤嚥の危険を指摘していた。このことから、食事介助を行う際はひと口ごとに嚥下を確認し、少なくとも食事介助の終了時には口の中に食物が残っていないことを確認する必要がある。とりわけ食事介助の終了時にしゃっくりが出ていたのなら、口の中を確認する必要があるが非常に高い。

職員①は、食事中に出はじめたしゃっくりが治まっていない状態で、すまし汁などを勧めて食事介助を続けた。その後、しゃっくりが強くなったにも関わらず、Aさんの口の中に食物が残っていないことを確認せずに席を離れた。職員①の食事介助のしかたは、誤嚥を引き起こす危険の大きい不適切なものである。

 介護施設Xは入所契約に基づき、原告の身体の安全に配慮して適切な態様で食事解除のサービスを提供する義務を負っていた。しかし、職員①は上記の義務を履行しなかったものと言わざるを得ない。こうしたことから、被告には入所契約上の義務違反が認められる。

 Aさんの誤嚥が(食事介助中ではなく)食事介助の終了後に起こったものである場合、職員①が「食事介助を終えた際にAさんの口の中を確認せずに席を離れる」という、誤嚥を引き起こす危険性が高い介助を行ったため、Aさんが口の中に残っていた食べ物を誤嚥したものと認められる。

 つまり、Aさんの誤嚥が起こったのが食事中、食事終了後のいずれの場合でも、職員①の不適切な食事介助が誤嚥を引き起こしたことになる。

 介護施設Xの契約上の義務違反と、誤嚥発生との間に因果関係が認められるため、介護施設Xは誤嚥によるAさんの損害について、賠償責任を負う。

 

◆慰謝料額について

 事故発生前のAさんは日常生活全般について一部介助が必要で、意思決定や意思伝達が難しい場面もあったが、見守りがあれば杖を使用せずに歩くことができた。介護施設Xに入所後も運動会などに参加したり、自宅での外泊を楽しんだりしていた。

 しかし、事故によって寝たきりの状態になった。声かけに対してうなずくことがある程度で、行動能力のほとんどを失うに至った。その精神的苦痛はとてもおおきく、介護施設Xの契約上の義務違反の程度が著しいものとは言えないことを考慮しても、慰謝料額として1200万円を認めるのが相当である。

 事故当時、Aさんは複雑な意思の伝達は難しい状態だった。職員に確認された際、「しゃっくりがおさまるのを待ってから、食事を続ける」と思っていたとしても、単に「食べる」などと伝えるしかなかった。介護施設Xは、Aさんの意思の伝達能力にも配慮して食事介助を行うべきだったことを考えると、Aさんが食事を続ける意思を示したことを理由に、介護施設Xの過失を軽くするべきではない。

白玉だんごの誤嚥による窒息事故




松山地裁 平成30年3月28日 判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの相続人

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設Xは、賠償金として2257万9377円を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 89歳 

要介護4

・障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)はA2(※1)。

認知症高齢者の日常生活自立度はⅡa(※2)。

・移動には車椅子を利用。

・総義歯。

・円背(猫背)

※1 準寝たきり:屋内での生活はおおむね自立しているが、介助なしには外出しない。外出の頻度が少なく、日中も寝たり起きたりの生活をしている。

※2 家庭外で日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる。

 

事故の経緯

・デイサービスと住宅型有料老人ホームの体験入居として、介護施設Xの利用は5回め。

・おやつを作るレクリエーション中、白玉団子を誤嚥

 

事故後の原告の状態

窒息による低酸素脳症を発症。
遷延性意識障害のため植物状態となり、事故の9か月後に死亡した。

 

判決の内容

事故の状況は……

 初回の利用申し込みの際の「情報提供書」には「嚥下:可能」と記載があった。

 利用に先立ち、施設長と職員がAさんの自宅を訪問した際には、家族から「食事:自立(お箸を使って食べる)、ご飯:米飯(ご飯は少なめに)、おかず:普通、水分:とろみなし」と説明を受けていた。

 Aさん本人や家族、担当ケアマネからも誤嚥や嚥下障害といった嚥下機能の障害に関する報告はなく、その後の施設利用時も、提供される普通食を問題なくとっていた。

 事故が発生したのは、初回の利用から約1年後。現場となった介護施設Xのデイルームには、Aさんを除いて18名の利用者と5名の職員がいた。

 Aさんがいた中央テーブルでは、利用者と職員がおやつ用に白玉だんごを作るレクリエーションが以下の手順で行われていた。

  • 利用者らが白玉粉、豆腐、水をこねて生地を作り、ちぎって丸める。
  • 丸めただんごを職員がゆで、冷やしてから皿に盛り、利用者に配る。

できあがった白玉だんごは直径2~3cmのサイズで、噛むと粘着性・弾力性があった。

職員が皿をAさんの手が届くところにおいたところ、Aさんが白玉だんごを取って口に入れてしまった。ただし、職員はAさんの行動に注意を払っておらず、Aさんが白玉だんごを口に入れるところをだれも見ていなかった。

 Aさんがチアノーゼを起こし、よだれをたらしはじめたことで、職員のひとりが異常に気づいた。症状から誤嚥と判断。すぐに義歯を外し、背中を叩いて団子を吐き出させようとしたが、うまくいかず。Aさんは車椅子に座ったままぐったりと頭を垂れた。職員が吸引機を使って吸引し、白玉だんご1個半を取り除いた。

 119番通報によって救急隊が到着し、咽頭展開により、のどから5cm大になった白玉だんごが除去された。窒息による低酸素脳症を発症し、遷延性意識障害のため植物状態となった。

 

裁判所の判断

◆Aさんの体の状態について

①~③により、Aさんは事故当時、噛む力や飲み込む力が低下していたことが認められる。

①高齢(89歳)で総義歯を使用しており、身体機能が低下していたことは明らか。

②円背(猫背)であり、円背の人は誤嚥しやすい傾向がある。

認知症がある。認知機能が低下すると食べるペースや量の判断ができにくくなり、誤嚥・窒息の危険がある。

 

◆白玉だんごの形状や誤嚥の危険性などについて

噛むと粘着性・弾力性があり、大きさは直径2~3cm程度という白玉だんごの形状から、Aさんがこれを口に入れれば、のどにつまらせて窒息する危険性があったことが認められる。

 これまでに、Aさん自身や家族、担当ケアマネから嚥下機能に問題が生じているという報告はなかったとしても、初回利用時には88歳と高齢で、認知症もあった。その後、事故が起こるまで1年の間に、嚥下能力を含め、身体機能が低下していることは十分予想できる。

 事故当時、施設側には、Aさんが白玉だんごを食べることによって誤嚥事故が発生する危険性を認識することが可能だったといえる。

 

介護施設の責任について

介護施設Xには、皿をAさんの手が届く範囲内に置かないようにし、白玉だんごを食べさせないようにする注意義務があった。

また、Aさんに白玉だんごを提供するなら、誤嚥を起こさないよう、Aさんの行動や咀嚼、嚥下の状況を注意深く確認する注意義務があった。

 Aさんが、他の利用者おやつである白玉だんごを突然つまみ食いしたのだとしても、この事故を予見(前もって見通すこと)できなかった理由にはならない。高齢で認知症のある人の場合、「手の届くところに食べものを置かれれば食べてしまう」という行動は、容易に予測することができる。

 ただしAさんは、事故以前に介護施設Xを4回利用しており、その際は提供された普通食を問題なく食べている。また、家族からも嚥下に問題があるなどの報告も受けていないため、実際に誤嚥が起こる危険性を認識できなかったことも理解できなくはない。

Aさんが利用しているデイサービスや訪問介護サービスにおける最近の食事内容や食事介助の状況などが介護施設Xにくわしく伝えられ、事故当時のAさんの嚥下能力を具体的に把握することができていれば、誤嚥の危険性を認識し、事故を防止することができた可能性も低くはないと考えられる。

これらのことから、介護施設Xには、損害の7割を負担させることが相当である。

 

誤嚥による窒息事故


地方裁判所 平成25年5月20日判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 

転倒に関しては介護施設Xの責任を認めない。

ただし、必要な受診等を怠ったことに関して、介護施設XはAさんに20万円の賠償金を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・87歳 

・要介護1

認知症による物忘れはあるが、会話による意思の疎通は可能。

・ひとりで歩くことができる。

・トイレや着替え、車の乗降、シートベルトの着脱などもひとりでできる。

 

事故の経緯

介護施設Xのデイサービスから、同じ法人が運営している宿泊施設Yへの送迎の際、事故が発生。

・Aさんが乗車して座った後、職員が他の利用者の介助をしているときにAさんが車から降りようとして転倒した。

介護施設XはAさんを病院に連れて行かなかった。
・事故の翌日、宿泊施設Yから帰宅した後に、家族がAさんを病院に連れて行った。

 

事故後の原告の状態

・Åさんは「右足が痛い」と言ったが、右足のつけ根や腰を確認しても外傷、熱感、腫れはなかった。歩くときに痛みを訴えるが自立歩行も可能だった。

・宿泊施設Yではトイレに行く際などに腰の痛みを訴えていたが、トイレには自力で行っていた。

・帰宅後の受診で右大腿骨頸部骨折の診断を受けた。

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは、入浴時の洗髪に関しては介助が必要だったが、歩行や日常動作はひとりで行うことができた。介護施設Xでは、通常1回の利用時に3~4回トイレに行くが、職員に声をかけずにトイレに立ったことはなく、施設内で転倒したこともなかった。

 事故当日は、職員ふたりが利用者5名の送迎介助に当たっていた。

 職員①は、Aさんが運転席の後ろの席に座ったことを確認し、シートベルトを締めるように伝えた。その後、車の後部にある車椅子用の乗降口で別の利用者の介助をしようとしたところ、Aさんの「痛い」という声を聞いた。

 職員①がすぐに確認したところ、Aさんが車から降りようとして転倒しているのを発見した。このとき職員②は、施設の出入り口付近で他の利用者の誘導をしており、車には背を向けていた。

 

裁判所の判断

 Aさんはひとりで歩行や日常動作が可能で、施設側は、Aさんの家族から「頻尿」や「自宅で転倒したことがある」といった報告も受けていなかった。

 事故の際は、移動のために排尿を済ませ、忘れものの確認も終えたうえで乗車していた。そのため、いったん座席に座ったAさんが不意に動き出して車から降りようとすることを予見(前もって推察)するのは難しい。

 また、職員①が他の利用者の介助のために、すでに座っていたAさんからしばらく目を離したことは、介護をするうえで必要な注意を欠くものだったとはいえない。

 こうしたことから、介護施設側にAさんの転倒についての責任はないとした。

 しかし施設には、介護中に利用者の生命及び身体等に異常が生じた場合には、速やかに医師の助言を受け、必要な診療を受けさせる義務がある。介護施設Xは、Aさんの痛みが短時間でおさまらなかったことを認識した時点で医師に相談し、治療などを受けさせるべきだった。その義務に違反した点について20万円の損害賠償を命じる。

介護老人保健施設での転倒事故


東京地方裁判所 平成27年8月10日 判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族

被告(訴えられた側) 介護施設

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 

介護施設Xの責任を認めない。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・92歳 

・要介護2

・シルバーカーを使ってひとりで移動することができた。

・ベッドへの乗り降りや身の回りのことはひとりですることができた。

認知症は軽度。

 

事故の経緯

・介護老人保健施設Xに入所していたAさんが、施設内でシルバーカーを使ってトイレに 向かう際、転倒して頭を打った。

・Aさんの横には職員がついていた。

 

事故後の原告の状態

・事故直後に医師の診察を受け、すぐに検査を行う必要はないと判断されて経過観察を行った。

・症状が現れて入院し、脳挫傷、外傷性くも膜下出血により死亡。

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは、ベッドへの乗り降りや身の回りのことは自分ですることができ、認知症も軽度。シルバーカーを使って、自力で移動することもできた。

 施設では、①Aさんが靴をきちんと履いていることを確認する、②周囲にものを置かないようにする、③物にぶつからないようにAさんの歩行を目で追い、危ないときは近寄って一緒に歩く、といった対策を講じていた。必要に応じて声掛けをすることはあったが、歩く際に体を支えるなどの介助を行うことはなく、そういった介助の必要もなかった。

 Aさんは事故以前に、しりもちをついたり、シルバーカーを利用中につまずいて膝をついたりすることはあったが、急に後ろへ倒れたことはなかった。

 事故当日、Aさんはトイレに行くため、施設内の食堂からシルバーカーを教えて歩きはじめた。職員がAさんの横についてトイレに向かう途中、突然、仰向けに転倒して床に頭を打ちつけた。

 事故の後、Aさんはすぐに医師の診察を受けた。その際の症状・状態から、すぐにCT等の検査を行う必要はないと診断されたため、経過観察を行った。

 

裁判所の判断

 介護老人保健施設Xは、施設内での転倒等を防ぐために必要な対策を講じ、Aさんの安全を確保する義務を負っていた。ただしその義務は、Aさんの当時の歩行能力を前提に、転倒の危険を予見(前もって推察)することができる範囲で生じるものと考えられる。

 事故の際のAさんの歩行能力や、それまでに「突然仰向けに倒れる」危険を予想させるような状態もなかったことから、職員が事故を予見(前もって推察)することは難しい。

 そのため、施設側はこの事故を防止するべき契約上の責任を負っていたとはいえない。また、施設側が安全配慮義務(転倒防止義務)に違反したために、過失によってこの事故が起こったとも認められない。

 さらに、Aさんにはすぐに診察を受けさせ、医師の診断に基づいて経過観察を行っていたのだから、施設側にAさんを病院に搬送するべき義務があったとも認められない。

 こうしたことから、施設側にAさんの事故についての責任はないとした。

 

 

ショートステイ利用者の転倒事故


福岡地方裁判所小倉支部 平成26年10月10日 判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族の1人(法定相続分5分の1)

被告(訴えられた側) 介護施設

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 

介護施設Xは、Aさんに慰謝料2200万円を支払うべき。

法定相続分5分の1である原告には440万円と弁護士費用40万円を支払う。

事故当時の原告の状態

Aさん  女性 96歳

・要介護2

・室内では歩行器、屋外ではシルバーカーを利用。

・背中が丸くなっていたため歩行器等のグリップから体を離して

 歩いており、歩行中に転倒する危険があった。

事故の経緯

ショートステイ介護施設Xに滞在した際に事故が発生。

・Aさんがユニットの共同生活室から個室に移動する際、後ろ向きに
 転倒した。

事故後の原告の状態

・胸椎を圧迫骨折し、発熱、呼吸困難等の症状を経て死亡。

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんの体の状態については、「屋外を歩く際、足がもつれてほとんど進まないことがある」という記録がある。

 また、訪問看護計画書の「変形性脊椎症により、腰椎変形や右肩関節可動域制限があり、右手指骨骨折治療後にて力が入りにくく、転倒する可能性が高い」との記載からも、歩行中にいつ転倒してもおかしくない状態であったことがわかる。

 これらのことから、介護施設XはAさんが「いつ転倒してもおかしくない状態である」ことを認識しており、事故を予見(前もって推察)することが可能だったと考えられる。

 介護施設Xでは、Aさんが歩行する際、離れた位置からの見守りを行っていた。

 

裁判所の判断

 「離れた場所からの見守り」は、転倒した後の介助や手当てといった「事故が起こった後の対応」を前提とせざるを得ない。

 Aさんが「いつ転倒してもおかしくない状態」であった以上、介護施設Xは、離れた場所からの見守りにとどまらず、可能な範囲で歩行介助や近接した位置からの見守り等、転倒を防止するための適切な措置を講じる義務があった。

 

 

 

別の利用者の過失による転倒事故


原審 前橋地方裁判所高崎支部 平成27年7月31日判決

控訴審 東京高等裁判所 平成28年6月9日判決

 

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   施設利用者Aさん

被告(訴えられた側) 介護施設X 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 
 介護施設Xが、Aさんに下記の金額を支払う。

後遺障害慰謝料 800万円

損害賠償(自費診療による入院診療費) 618万3554円

将来の介護費用 1258万9129円

弁護士費用 285万円

 → 合計 2677万2968円

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・91歳 

・要介護4

・老人性精神病、認知症と診断されている。

・要介護認定のための調査票には下記のように記載されていた。

 歩行 

  = 四肢の麻痺、拘縮はないができない。徘徊もなし。

 移動、排尿、排便、爪切り、口腔清潔、洗顔、整髪 

  = 全介助が必要。

 食事 

  = 見守りが必要。

 寝返り、起き上がり、立位保持、立ち上がり

  = 何かにつかまれば可能。

 意志の伝達 

  = ときどき可能。

 日常の意思決定 

  = 特別な場合を除いて可能。

 日課の理解、直前の行動を思い出すこと、現在の季節や

 自分がいる場所を理解すること 

  = できない。

事故の経緯

・入所していた老健での食事中、Aさんの向かい側に座った入所者が

 テーブルを押した。

・座っていたAさんはテーブルに押され、椅子ごと後ろに転倒した。

事故後の原告の状態

・頭を打ち、8カ月間入院。下記のような状態で治療が終了した。

 全身症状 

  = ひとりでできるものはまったくなく、全介助が必要。

    脳挫傷婚、脳梗塞の状態から考えて回復は困難。

 日常動作など 

  = 脳損傷による高度の片麻痺失語症を合併。

  →用廃に準ずる(片側の関節の可動域が健康な側の半分以下になる

   程度の状態)四肢麻痺、構音障害(口や舌、声帯などの障害のた

   めにうまく発声できなくなった状態)により、日常生活において

   身の回りのことを自分で行うことができない。

  精神症状 

  = 高度の「認知症」、情意の荒廃(感情や意欲が乏しくなる

    状態)等の症状により、常時看視を要する。

⇒事故後のAさんの状態は、自賠責保険における後遺障害等級別表1の

 第1級1号(神経系統の機能又は精神に著しい傷害を残し、常に介護

 を要するもの)に該当する。

判決の内容

事故の状況に基づく裁判所の判断

施設側は事故当時の状況について①②のように主張したが、裁判所ではそれぞれについて下記のように判断された。

①押された際、Aさんがテーブルを押し返したから背後に転倒した。

→過失相殺(被害者側にも過失がある場合、過失の大きさに応じて賠償額を減額すること)による減額が認められるべき。

 <裁判所の判断>

 仮に押し返した事実があったとしても、テーブルをはさんで向かい合って座っていた相手からテーブルを押された際にこれを押し返すことは、一般に、人としての本能的な防御行動であると解するのが相当と考えられる。したがって、Aさんに過失があったはいえず、過失相殺すべきでない

 

②Aさん自身が認知症であり、危険を招く不合理な行為をしてしまうことが事故の原因 となった。

→素因減額(被害者自身の病気や心身の特性が事故の発生や損害の拡大に関わっている場合に賠償額を減額すること)が認められるべき。

 <裁判所の判断>

上記①を「認知症に基づく不合理な行為」と捉えて素因減額をすべきではない。

 

賠償額を決める際の考え方

 事故以前のAさんは、加齢や認知症による困難さは伴うものの、一定の意思の疎通ができた。また、加齢や認知症により多くの行為につき全介助が必要ではあったものの、一定の行為も可能だった。

 しかし入所した介護施設Xでの事故により、事故以前にできた意志の疎通や行為がすべてひとりではできなくなった。さらに「事故前にまったく障害がなかった場合」と「障害があった場合」に同じ後遺障害が残ったことを想定すると、障害によって生ずる精神的苦痛には、当然違いが出てくる。Aさんの年齢や事故以前の障害の程度、生活状況等の事情を総合的に考慮すると、後遺障害慰謝料は800万円が相当と判断した。

 後遺障害慰謝料に加え、入院診療費(自費診療)として、事故発生日から症状固定日(治療を続けても改善が見込めないとして治療を終了した日)までの合計618万3554円の損害賠償を認めた。

 

将来の介護費用額を決める際の考え方

 Aさんは、高齢で認知症のために自宅での生活が困難であるとして介護施設に入所していたので、将来の介護費用も施設入所を前提として算出するべき。ただしAさんは、事故が起こる前に要介護4の認定を受けて介護保険を利用していた。要介護4の利用者としての月額利用料は、事故が発生していなくてもAさんが負担するべき費用であるため、将来の介護費用から差し引く。

 このケースでは、症状固定後も介護保険の適用申請をしていない。そのため、介護保険を適用せずに要介護5の介護を受ける場合の個室月額利用料から、要介護4の介護保険を適用して介護を受ける場合の個室月額利用料の差額を算出し、その金額を基準として平均余命分となる1258万9129円を将来の介護費用として認めた。また、Aさん側の弁護士費用として285万円を認めた。

こんにゃくの誤嚥による窒息事故

横浜地方裁判所 平成12年6月13日判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族

被告(訴えられた側) 介護施設

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設Xの責任を認めない。

事故当時の原告の状態

Aさん 男性・76歳 

・軽度の嚥下障害があった。

・義歯をつけていたが、いやがって食事中には外すことが多かった。

事故の経緯

老人保健施設(高齢者の自立支援と家庭復帰を目的とした通過型施設)に入所していたAさんが、夕食にだされたこんにゃくをのどにつまらせた。

・食堂内を巡回していた職員が事故に気づき、応急手当をした後、病院へ搬送した。

事故後の原告の状態

・病院で処置をし、自発呼吸ができるようになった。

・Aさんの家族が延命措置を希望しなかったため、翌日死亡した。

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは老人保健施設に入所していた。40名の入所者には施設内の食堂で食事が出され、全面的に食事の介助を必要としている入所者はいなかった。食事中は3名の職員が巡回していた。

施設では腸の働きを改善し、便通を整える食材として、日ごろからこんにゃくも使われていた。誤嚥を防ぐため、こんにゃくは小さく切り分けられていた。

 事故が起こった際、気づいた職員がAさんの口に指を差し入れ、喉からこんにゃく1個を取り出した。すぐ病院に搬送し、医師がさらにこんにゃく1個を取り出した。マッサージ、昇圧剤の投与といった治療によって自発呼吸をとり戻した。ただし、Aさんの家族がそれ以上の延命治療を望まなかったため、翌日、死亡した。

 

裁判所の判断

①こんにゃくを提供したことについて

誤嚥を引き起こしたこんにゃくは、小さく切り分けられるなど高齢者に提供するための配慮が十分になされており、食材としてこんにゃくを選んだことに注意義務違反(その行為をする際に一定の注意をしなければならない法律上の義務を怠ること)があったとはいえない。

また、介護施設Xの入所者は食事に関して自立しているため、通常の家庭料理になるべく近い食事を提供することは、施設の目的にも合っている。

②Aさんに職員が付き添っていなかったことについて

Aさん自身も食事介助を必要としていなかったため、職員が食事中にずっと付き添っていなかったことも注意義務違反にはあたらない。40名の入所者は全員、自分で食事をとることができたため、「3名の職員が食堂を巡回し、必要に応じて介助する」という体制も、食事の際の見守りシステムとして不徹底・不適切であるとはいえない。

③応急処置や治療について

事故発生直後に職員が気づき、すぐに一般的な救急救命措置を速やかに行っていること、病院に搬送して医師による処置を受けていることから、救急救命措置における過失もない。

 

①~③から、施設側にAさんの事故に関する責任はないものとした。