介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

誤嚥による窒息事故


地方裁判所 平成25年5月20日判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) 介護施設X 

 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 

転倒に関しては介護施設Xの責任を認めない。

ただし、必要な受診等を怠ったことに関して、介護施設XはAさんに20万円の賠償金を支払う。

 

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・87歳 

・要介護1

認知症による物忘れはあるが、会話による意思の疎通は可能。

・ひとりで歩くことができる。

・トイレや着替え、車の乗降、シートベルトの着脱などもひとりでできる。

 

事故の経緯

介護施設Xのデイサービスから、同じ法人が運営している宿泊施設Yへの送迎の際、事故が発生。

・Aさんが乗車して座った後、職員が他の利用者の介助をしているときにAさんが車から降りようとして転倒した。

介護施設XはAさんを病院に連れて行かなかった。
・事故の翌日、宿泊施設Yから帰宅した後に、家族がAさんを病院に連れて行った。

 

事故後の原告の状態

・Åさんは「右足が痛い」と言ったが、右足のつけ根や腰を確認しても外傷、熱感、腫れはなかった。歩くときに痛みを訴えるが自立歩行も可能だった。

・宿泊施設Yではトイレに行く際などに腰の痛みを訴えていたが、トイレには自力で行っていた。

・帰宅後の受診で右大腿骨頸部骨折の診断を受けた。

 

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは、入浴時の洗髪に関しては介助が必要だったが、歩行や日常動作はひとりで行うことができた。介護施設Xでは、通常1回の利用時に3~4回トイレに行くが、職員に声をかけずにトイレに立ったことはなく、施設内で転倒したこともなかった。

 事故当日は、職員ふたりが利用者5名の送迎介助に当たっていた。

 職員①は、Aさんが運転席の後ろの席に座ったことを確認し、シートベルトを締めるように伝えた。その後、車の後部にある車椅子用の乗降口で別の利用者の介助をしようとしたところ、Aさんの「痛い」という声を聞いた。

 職員①がすぐに確認したところ、Aさんが車から降りようとして転倒しているのを発見した。このとき職員②は、施設の出入り口付近で他の利用者の誘導をしており、車には背を向けていた。

 

裁判所の判断

 Aさんはひとりで歩行や日常動作が可能で、施設側は、Aさんの家族から「頻尿」や「自宅で転倒したことがある」といった報告も受けていなかった。

 事故の際は、移動のために排尿を済ませ、忘れものの確認も終えたうえで乗車していた。そのため、いったん座席に座ったAさんが不意に動き出して車から降りようとすることを予見(前もって推察)するのは難しい。

 また、職員①が他の利用者の介助のために、すでに座っていたAさんからしばらく目を離したことは、介護をするうえで必要な注意を欠くものだったとはいえない。

 こうしたことから、介護施設側にAさんの転倒についての責任はないとした。

 しかし施設には、介護中に利用者の生命及び身体等に異常が生じた場合には、速やかに医師の助言を受け、必要な診療を受けさせる義務がある。介護施設Xは、Aさんの痛みが短時間でおさまらなかったことを認識した時点で医師に相談し、治療などを受けさせるべきだった。その義務に違反した点について20万円の損害賠償を命じる。