白玉だんごの誤嚥による窒息事故
松山地裁 平成30年3月28日 判決
だれがだれを訴えた?
原告(訴えた側) Aさんの相続人
被告(訴えられた側) 介護施設X
裁判の結果はどうなった?
判決(裁判所の最終判断) 介護施設Xは、賠償金として2257万9377円を支払う。
事故当時の原告の状態
Aさん 89歳
要介護4
・障害高齢者の日常生活自立度(寝たきり度)はA2(※1)。
・認知症高齢者の日常生活自立度はⅡa(※2)。
・移動には車椅子を利用。
・総義歯。
・円背(猫背)
※1 準寝たきり:屋内での生活はおおむね自立しているが、介助なしには外出しない。外出の頻度が少なく、日中も寝たり起きたりの生活をしている。
※2 家庭外で日常生活に支障を来たすような症状・行動や意思疎通の困難さが多少見られても、誰かが注意していれば自立できる。
事故の経緯
・デイサービスと住宅型有料老人ホームの体験入居として、介護施設Xの利用は5回め。
・おやつを作るレクリエーション中、白玉団子を誤嚥。
事故後の原告の状態
窒息による低酸素脳症を発症。
遷延性意識障害のため植物状態となり、事故の9か月後に死亡した。
判決の内容
事故の状況は……
初回の利用申し込みの際の「情報提供書」には「嚥下:可能」と記載があった。
利用に先立ち、施設長と職員がAさんの自宅を訪問した際には、家族から「食事:自立(お箸を使って食べる)、ご飯:米飯(ご飯は少なめに)、おかず:普通、水分:とろみなし」と説明を受けていた。
Aさん本人や家族、担当ケアマネからも誤嚥や嚥下障害といった嚥下機能の障害に関する報告はなく、その後の施設利用時も、提供される普通食を問題なくとっていた。
事故が発生したのは、初回の利用から約1年後。現場となった介護施設Xのデイルームには、Aさんを除いて18名の利用者と5名の職員がいた。
Aさんがいた中央テーブルでは、利用者と職員がおやつ用に白玉だんごを作るレクリエーションが以下の手順で行われていた。
- 利用者らが白玉粉、豆腐、水をこねて生地を作り、ちぎって丸める。
- 丸めただんごを職員がゆで、冷やしてから皿に盛り、利用者に配る。
できあがった白玉だんごは直径2~3cmのサイズで、噛むと粘着性・弾力性があった。
職員が皿をAさんの手が届くところにおいたところ、Aさんが白玉だんごを取って口に入れてしまった。ただし、職員はAさんの行動に注意を払っておらず、Aさんが白玉だんごを口に入れるところをだれも見ていなかった。
Aさんがチアノーゼを起こし、よだれをたらしはじめたことで、職員のひとりが異常に気づいた。症状から誤嚥と判断。すぐに義歯を外し、背中を叩いて団子を吐き出させようとしたが、うまくいかず。Aさんは車椅子に座ったままぐったりと頭を垂れた。職員が吸引機を使って吸引し、白玉だんご1個半を取り除いた。
119番通報によって救急隊が到着し、咽頭展開により、のどから5cm大になった白玉だんごが除去された。窒息による低酸素脳症を発症し、遷延性意識障害のため植物状態となった。
裁判所の判断
◆Aさんの体の状態について
①~③により、Aさんは事故当時、噛む力や飲み込む力が低下していたことが認められる。
①高齢(89歳)で総義歯を使用しており、身体機能が低下していたことは明らか。
②円背(猫背)であり、円背の人は誤嚥しやすい傾向がある。
③認知症がある。認知機能が低下すると食べるペースや量の判断ができにくくなり、誤嚥・窒息の危険がある。
◆白玉だんごの形状や誤嚥の危険性などについて
噛むと粘着性・弾力性があり、大きさは直径2~3cm程度という白玉だんごの形状から、Aさんがこれを口に入れれば、のどにつまらせて窒息する危険性があったことが認められる。
これまでに、Aさん自身や家族、担当ケアマネから嚥下機能に問題が生じているという報告はなかったとしても、初回利用時には88歳と高齢で、認知症もあった。その後、事故が起こるまで1年の間に、嚥下能力を含め、身体機能が低下していることは十分予想できる。
事故当時、施設側には、Aさんが白玉だんごを食べることによって誤嚥事故が発生する危険性を認識することが可能だったといえる。
◆介護施設の責任について
介護施設Xには、皿をAさんの手が届く範囲内に置かないようにし、白玉だんごを食べさせないようにする注意義務があった。
また、Aさんに白玉だんごを提供するなら、誤嚥を起こさないよう、Aさんの行動や咀嚼、嚥下の状況を注意深く確認する注意義務があった。
Aさんが、他の利用者おやつである白玉だんごを突然つまみ食いしたのだとしても、この事故を予見(前もって見通すこと)できなかった理由にはならない。高齢で認知症のある人の場合、「手の届くところに食べものを置かれれば食べてしまう」という行動は、容易に予測することができる。
ただしAさんは、事故以前に介護施設Xを4回利用しており、その際は提供された普通食を問題なく食べている。また、家族からも嚥下に問題があるなどの報告も受けていないため、実際に誤嚥が起こる危険性を認識できなかったことも理解できなくはない。
Aさんが利用しているデイサービスや訪問介護サービスにおける最近の食事内容や食事介助の状況などが介護施設Xにくわしく伝えられ、事故当時のAさんの嚥下能力を具体的に把握することができていれば、誤嚥の危険性を認識し、事故を防止することができた可能性も低くはないと考えられる。
これらのことから、介護施設Xには、損害の7割を負担させることが相当である。