介護事故裁判例集

弁護士による介護事故裁判例の紹介

異食の誤嚥による窒息事故

さいたま地方裁判所 平成23年2月4日判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族

被告(訴えられた側) 特別養護老人ホームX 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 特別養護老人ホームXが、Aさんの遺族に下記の金額を支払う。

損害賠償 1630万円(※)

※死亡による慰謝料、家族の慰謝料、葬儀費用、弁護士費用の総額

事故当時の原告の状態

Aさん 男性・78歳 

・多発性脳梗塞を発症後,認知症の症状が現れ、事故時は重度の認知症

・異食癖があった。

疥癬に感染し、相部屋から個室に移っていた。

事故の経緯

・Aさんが、身に着けていた紙おむつと尿取りパッドを口に入れ、のどに詰まらせた。

・施設側はAさんに、紙おむつを取り出しにくい形の介護服を着せていた。

 

事故後の原告の状態

・窒息により死亡した。

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんは特別養護老人ホームXで生活しており、異食癖があることは施設側も認識していた。Aさんは相部屋に入居していたが、疥癬に感染したことから、事故の9日前から個室に移っていた。

 施設側では、Aさんが紙おむつを外して口に入れることがないよう、自分では開けにくいタイプのファスナーがついた介護服を着用させていた。しかし事故当日、Aさんは介護服の下につけていた紙おむつを自分で取り出し、紙おむつと尿取りパッドを口に入れてのどに詰まらせ、窒息により死亡した。

 

裁判所の判断

①紙おむつを使ったことについて

 福祉事務所長の通知「施設内における疥癬の予防対策について(平成10年9月3日付)」で、疥癬の感染者に対しては紙おむつを使用するよう求めている。症状の悪化や他人への感染を防ぐためには、Aさんを個室に移しことや紙おむつを使ったことはやむを得ない措置といえる。

 異食を防ぐために介護服を着せていたことからも、紙おむつなどの使用が不合理であったということはできない。

 

②介護服について

 介護服を着用していたのに、Aさんはおむつを取り出してしまった。これは、ファスナー等(「自の閉め方が不十分だった、ファスナー等が故障していて簡単に開けられる状況だった、生地が劣化していて介護服が破れたなど、介護服の使い方が不適切だったことが原因である可能性が高い。

 Aさんに介護服を着せるなら、介護服に故障や劣化がないことを点検し、不具合のないものを着用させること、ファスナー等を確実に閉めるなど、適切な使い方をする必要があった。

施設側には、Aさんが紙おむつ等を取り出すことがないよう、十分な対策をとる注意義務(その行為をする際に一定の注意をしなければならない法律上の義務)がある。介護服を適切に使わなかったことは、施設側が注意義務を怠ったことになる。

 

②から、特別養護老人ホームXはAさんの事故に関して不法行為責任を負う。

パーキンソン病をもつ高齢者の転倒

東京地裁 平成24年3月28日 判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさん

被告(訴えられた側) 介護施設X 

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 介護施設Xが、Aさんに下記の金額を支払う。

損害賠償 207万円(※)

※医療費、近親者の看護介助費用、入通院慰謝料の総額

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・79歳 

パーキンソン病(重症度分類4)を発症。杖を使って歩くことはできるが、見守りが必要。

介護施設X入所後約1年1カ月の間に、15回転倒している。

事故の経緯

・Aさん自身が、トイレ介助をした職員に転んだことを伝えた。

・施設側は30分~1時間おきに巡回していたが、その際Aさんは寝ており、職員はAさんの転倒に気づいていなかった。

事故後の原告の状態

・転倒した際、左大腿骨転子部を骨折した。

判決の内容

事故の状況は……

 Aさんはパーキンソン病と診断されていた。杖を使えばひとりで歩くことはできるが、よろけるため、見守りが必要だった。入所から約1年1カ月の間に15回転倒しており、転倒の危険があることは施設側も承知していた。

 施設側は、Aさんを一般の居室から認知症専門棟に移し、Aさんのベッドは夜勤の職員がいるサービスステーションからよく見える位置に配置した。ベッドの近くにポータブルトイレも置いたが、Aさんは施設内のトイレを使うこともあった。

 認知症専門棟に移ってから約1カ月後、Nさんは19時30分にリハビリパンツを着けて就寝した。20時30分と22時頃、Aさんが体を動かしたため、職員がトイレ介助を行った。

 0時30分、Aさんがベッドから1mほど離れたところを歩いているのに気づき、職員がトイレまで付き添い、介助を行った。1時、2時、2時30分、3時、4時、5時に職員が巡回した際には、Aさんは眠っていた。

 5時30分、Aさんが体を動かしたため、職員がトイレ介助。その際、Aさんから「私、転んじゃったの」と伝えられて転倒事故があったことに気づいた。

 その後、Aさんは大腿骨骨折と診断された。

 

裁判所の判断

 Aさんは介護施設Xに入所後に何度も転倒しており、施設側はAさんが転倒する危険性が高いことをよく知っていた。

 施設側は入所者に対して、入所利用契約上の安全配慮義務を負っている。その義務には、Aさんがベッドから立ち上がる際などに転ばないように見守ることや、転倒する危険のある行動に出た場合には、転倒を避けるための措置を講ずることも含まれる。

 事故当日、Aさんはベッドから立ち上がり、転倒する危険のある行動に出た。しかし施設側のAさんに対する見守りが不足していたため、この行動に気づかず、転倒を防ぐ適切な措置を講じることができなかったために転倒事故が起こったといえる。仮に、職員による見守りの空白時間に事故が起こったのだとすれば、空白時間帯に対応する措置が不足していたといえる。

 こうしたことから、介護施設Xは、Aさんに対する債務不履行(契約上の義務を果たさないこと)による損害賠償の責任を負う。

 

 

浣腸による死亡事故

大阪地裁 平成24年3月27日 判決

だれがだれを訴えた?

原告(訴えた側)   Aさんの遺族

被告(訴えられた側) 介護老人保健施設

裁判の結果はどうなった?

判決(裁判所の最終判断) 

介護老人保健施設Xが、Aさんの遺族に下記の金額を支払う。

慰謝料 800万円

事故当時の原告の状態

Aさん 女性・80歳 

・要介護2

認知症あり。

・糖尿病により血液透析が必要。

 ショートステイで介護老人保健施設Xに6日間滞在し、

 退所翌日に透析を行う予定だった。

事故の経緯

・翌日の透析に備えて、対処予定日に看護師が浣腸を行った。

・Aさんの浣腸は、立った姿勢で行われた。

事故後の原告の状態

・浣腸の翌日に発熱し、その翌日に死亡。

 

判決の内容

事故の状況は……

 介護老人保健施設Xは、ショートステイ利用者の約半数が透析を受けている。

便秘に対しては、滞在期間中に排便をすませるように対応していた。

 具体的には、

①下剤を服用 → ②座薬の挿入 → ③様子を見て、透析の前日までに浣腸

という手順で処置を行っていた。

 Aさんは平成21年10月22日にショートステイ入所。

24日から3日間排便がなかった。28日に透析を受ける予定だったため、

27日に看護師によって浣腸を行った。

 Aさんは28日に発熱し、29日に死亡した。

 

裁判所の判断

 Aさんの死亡は、立った姿勢で浣腸が行われた際に直腸壁が傷ついたこと、

さらにその傷が拡大したり腸壁に穴が開いたりしたことによって

敗血症を発症したためであることが、かなり確実に推察される。

 そのため、担当の看護師による浣腸の際の体位の選択は、

注意義務違反(その行為をする際に一定の注意をしなければならない

法律上の義務を怠ること)といえる。

また、誤った体位の選択がAさんの死亡の原因となったことはほぼ明らか。

 こうしたことから、介護施設Xは、Aさんに対する

不法行為(他人に損害を与えること)または

療養看護契約上の債務不履行(契約上の義務を果たさないこと)により、

死亡による慰謝料を支払う義務がある。